• トップページ
  • 雲晴寺概要
  • 境内のご案内
  • 永代供養墓「慈雲」のご案内
  • 永代供養付墓地「慈縁」のご案内
  • 坐禅会
  • 年間行事

禅とは生きること

2013年9月7日

みなさんは禅と言えば、なにか難しい問答のことであるとか、厳しい修行をおこない、坐禅をする修行道場だけのものだと思われてませんか?

でも禅とは、決して窮屈な考えではないのです。もっと大きなものであり、単純なこと、つまり生きることを意味するのです。

いまこの瞬間を一生懸命生きる!!

みなさんはどうですか?自分がこの世からいなくなることを考えたことありますか?

きっとあなたやあなたの周りの大切な人によほどの難病や不幸があった方以外の人は、まだまだ自分は生きられると思っていませんか?

この世に絶対はないが、ただ一つ絶対があるとするなら、いまこの世で生きている我々のいのちは必ずいつか尽きる。それは明日かもしれないのです。

元々日本には古くから、別に意識しなくとも禅は身近なものであり、仏教徒でなくても日本人の心の習慣として受け継がれてきました。しかし、驚くほどの経済発展をとげた我々日本は物の裕福さを手に入れた現在、いつの間にかどこかに禅的考えである、ひたむきに生きることや相手に敬意をはらう大切な考えを置き去りにしてしまったのです。

考えてみれば、ひたむきに生きて、正しい考えの上に物をつくり頑張ってきたから、日本は経済大国にもなったわけです。しかし、そういう禅的考えを持ったリーダーが減ってしまっていることが、今現在も長く続く不景気な日本をうみだしている原因の一つではないでしょうか。

いまこうしてブログを書いている間もいのちは削られていっているのです。5分前には戻れない。。。

大切な方がいるなら、今のうちに気持ちを伝えましょう。やり残したことがあるなら今のうちにやりましょう。

せっかく生かされているこのいのち、生きたくても生きられなかった方々がたくさんいらっしゃるのです。

いま一度、いのちの大切さ考えたいものです。

幸導 合掌